『東洋法制史研究会通信』第23号(2013年3月)

《記事》

唐戸婚律16条臆談

川村  康



 唐律には数額に応じて刑を定める規定があり、名例律56条の数満乃坐の原則が適用される。その典型例は賊盗律35条「諸窃盗、不得財笞五十。一尺杖六十。一疋加一等。五疋徒一年。五疋加一等。五十疋加役流」である。この律条に定められる刑名に対応する贓額を、同条疏「盗而未得者笞五十。得財一尺杖六十。一疋加一等、即是一疋一尺杖七十。以次而加至贓満五疋、不更論尺、即徒一年。毎五疋加一等、四十疋流三千里。五十疋加役流」によって示すと表1中欄となる(1)。名例律56条疏「假令犯盗、少一寸不満十疋、依賊盗律、窃盗五疋徒一年、五疋加一等、為少一寸、止徒一年」は、贓額が中欄の数額に達しない限り、左欄の刑名は適用されないことを示す。不得財すなわち未遂は笞五十である。得財すなわち既遂で贓額が1尺になれば杖六十。「一疋加一等」は「一疋ごとに一等を加う」と訓じ、1尺に1疋を増した1尺1疋で杖七十。以後これに1疋を増すごとに一等を加える。5疋に達すれば、1疋に満たない端数は論じられず、徒一年が適用される。以後5疋を増すごとに一等が加えられ、40疋で流三千里。特例としての加役流が50疋で適用され、これが罪止である。いいかえれば、中欄の数額は左欄の刑名が適用される贓額の下限値である。上限値を含めて示すと右欄となる。得財で贓額が1尺に満たない場合については律条に明文の規定がない。しかし不得財を贓額0と解すれば、笞五十が適用される下限値は0疋0尺、上限値は「少一寸不満一尺」である。これは名例律50条の挙軽明重の法理によっても説明できる。不得財に笞五十が適用される以上、得財の贓額1尺未満には当然に笞五十が適用されるからである。

 数額の単位は、贓罪では絹疋が一般的であるが、罪の態様に応じて、日数、人数、分数など様々である。土地侵奪に類する罪では、当然のことながら、面積が単位である。他人の田地を無断で耕作し、あるいはそこに播種する盗耕種を規定する戸婚律16条「諸盗耕種公私田者、一畝以下笞三十。五畝加一等。過杖一百、十畝加一等。罪止徒一年半」はその一例である。ところで、この律条では刑の下限である笞三十に対応する面積が「一畝以下」と記される。「以下」が「その基準数量を含んでそれより少ないという場合(2)」を意味することは、唐律でも同じであろう。曹漫之氏は「一畝以下笞三十」を「1畝以内であれば、笞三十小板に処する」と訳し、銭大群氏はこれについて「1畝および1畝以下は笞三十」と注釈する(3)。戸婚律16条において笞三十に対応する面積が、1畝に満たない端数から1畝丁度まで、であることに問題はない。さて、盗耕種では未遂、すなわち盗耕種の面積が0畝であれば処罰の対象ではない。一掬の土を耕し、あるいはそこに一粒の種子を播いて、盗耕種した面積が0畝を超えたときに笞三十を科される。そして1畝は笞三十に対応する面積の上限値である。つまり、この律条で示される数額は、ある刑名が適用される面積の上限値である。この時点で戸婚律16条は数満乃坐の原則から外れる。さらにこの律条は「一畝以下笞三十。五畝加一等」と記す。それ以後も数満乃坐の原則から外れたまま、上限値に所定の数額を足してゆく。表2「律条」左欄に示すように、6畝以下が笞四十。以後5畝を増すごとに一等を加え、36畝以下が杖一百。これ以後は10畝ごとに一等を加え、46畝以下が徒一年、56畝以下が罪止の徒一年半となる。ある刑名が適用される面積の下限値は、ひとつ軽い刑名が適用される上限値を超えたところ、たとえば笞四十なら1畝超である。下限値を含めて示すと表2「律条」右欄となる。ここでひとつ疑問が生じる。罪止の徒一年半は56畝以下に対応する刑名として算出される。では56畝超に対応する刑名は何か。罪止であるからには、徒一年半より重い刑名の適用は許されない。挙軽明重の法理によって、徒一年半を適用するしかない。結果として46畝超はすべて徒一年半となる。それで解決はできる。しかし、納得できないものが残る。

 そこで戸婚律16条疏に目を向ける。「一畝以下笞三十。五畝加一等。三十五畝有餘杖一百。過杖一百、十畝加一等。五十五畝有餘罪止徒一年半」。1畝以下の笞三十に問題はない。律疏は「五畝」を「五畝有餘」と解して加等を進める。5畝有餘で笞四十。これ以後は5畝を増すごとに一等を加え、10畝有餘で笞五十。35畝有餘で杖一百。以後は10畝を増すごとに一等を加えて、55畝有餘で罪止徒一年半。表に示すと表2「律疏」左欄となる(4)。劉俊文氏は律疏と同旨の箋釈を、銭大群氏も同旨の注釈を記す。滋賀秀三、戴炎輝、曹漫之の各氏も特に注記を加えないので、律疏の説明を受け入れているのであろう(5)。銭大群氏は「有餘」について「これは1畝あるいは1畝に満たない端数を指す。なぜならば、この条文の刑の下限である「笞三十」にあたる犯罪の指数が「一畝以下」だからである(6)」と注釈する。「有餘」は1畝未満の端数を意味するというのである。さらに銭大群氏は「55畝有餘は徒一年半。「数満乃加」の原則にもとづけば、55畝丁度では、なお徒一年に処するだけである(7)」とも注釈する。律疏にある「三十五畝有餘」は35畝に1畝未満の端数を加えたもの(8)、いいかえれば35畝+α、あるいは35畝超である。これらはある刑名が適用される面積の下限値である。その上限値は、ひとつ重い刑名が適用される下限値から「有餘」を引いた面積、たとえば杖一百なら45畝丁度である。これをあわせて示すと表2「律疏」右欄となる。「律条」右欄と比べると、徒一年・徒一年半に対応する面積の下限値に9畝の差が出るなど、かなりの差異が生じる。56畝超についての疑問は解消するが、1畝有餘5畝以下に対応する刑名に空隙が生じる。もちろんそれは挙軽明重の法理によって、笞三十として解決できる。だが、それならば「一畝以下」という語は必要がない。たとえば職制律7条「諸官人従駕稽違、及従而先還者、笞四十。三日加一等。過杖一百、十日加一等。罪止徒二年」では、皇帝の駕に従う刻限に到着せず、あるいは帰還の刻限よりも早く出発した官人は、その瞬間から笞四十を科される。同条疏が「其有稽違不到、及従而先還者、雖不満日、笞四十」と記すとおりである。しかし職制律7条は「諸官人従駕稽違、及従而先還者、一日以下、笞四十」とは規定しない。戸婚律16条も職制律7条に倣って「諸盗耕種公私田者、笞三十。五畝加一等」と規定すればよかった。それならば「以下」も消失し、「有餘」も不要になる。数満乃坐の原則から外れることもない。

 まさに、戸婚律16条の問題は「以下」にある。律疏が「有餘」という概念を用いざるをえなかったのも、この語のためである。おそらく律疏は、数満乃坐の原則をあてはめることのできない戸婚律16条に、それでもあえてこの原則をあてはめようとして、相当の無理をしたのである。唐律で数額の規定に「以下」を用いる律条は、戸婚律16条のほかには、田地の妄認・盗貿売に関する戸婚律17条、および官人による私田の侵奪に関する戸婚律18条の2箇条だけである(9)。これらの3箇条が数額を示すにあたって「以下」を用いるのは、戸婚律16条疏が「田地不可移徙、所以不同真盗」と記すだけでは足りない土地侵奪に類する罪の特殊性、あるいは南朝系と北朝系の律を融合させるときに生じた問題などを反映しているのかもしれないが、その解明は小文の手に余る。「以下」の詮索を含めて、後考に委ねる。

表1 賊盗律35条の法定刑
笞五十不得財 0疋0尺以上・0疋1尺未満
杖六十 1尺 0疋1尺以上・1疋1尺未満
杖七十 1疋1尺 1疋1尺以上・2疋1尺未満
杖八十 2疋1尺 2疋1尺以上・3疋1尺未満
杖九十 3疋1尺 3疋1尺以上・4疋1尺未満
杖一百 4疋1尺 4疋1尺以上・5疋未満
徒一年 5疋 5疋以上・10疋未満
徒一年半10疋10疋以上・15疋未満
徒二年15疋15疋以上・20疋未満
徒二年半20疋20疋以上・25疋未満
徒三年25疋25疋以上・30疋未満
流二千里30疋30疋以上・35疋未満
流二千五百里35疋35疋以上・40疋未満
流三千里40疋40疋以上・50疋未満
加役流50疋50疋以上

表2 戸婚律16条の法定刑
律条律疏
笞三十 1畝以下 0畝超・ 1畝以下 1畝以下 0畝超・ 1畝以下
笞四十 6畝以下 1畝超・ 6畝以下 5畝有餘 5畝超・10畝以下
笞五十11畝以下 6畝超・11畝以下10畝有餘10畝超・15畝以下
杖六十16畝以下11畝超・16畝以下15畝有餘15畝超・20畝以下
杖七十21畝以下16畝超・21畝以下20畝有餘20畝超・25畝以下
杖八十26畝以下21畝超・26畝以下25畝有餘25畝超・30畝以下
杖九十31畝以下26畝超・31畝以下30畝有餘30畝超・35畝以下
杖一百36畝以下31畝超・36畝以下35畝有餘35畝超・45畝以下
徒一年46畝以下36畝超・46畝以下45畝有餘45畝超・55畝以下
徒一年半56畝以下46畝超55畝有餘55畝超


(1)『唐律纂例』賊盗は杖七十から杖一百まで「一尺」を附さない(律令研究会編『訳註日本律令4:律本文篇別冊』東京堂出版、1976年、146頁)。
(2)林修三『法令用語の常識』日本評論社、1975年第3版、14頁。
(3)曹漫之主編『唐律疏議訳注』吉林人民出版社、1989年、481頁。銭大群『唐律疏議新注』南京師範大学出版社、2007年、415頁注釈④。
(4)『唐律纂例』戸婚は「有餘」を附さない(『訳註日本律令4』119頁)。
(5)劉俊文『唐律疏議箋解』中華書局、1996年、上冊971頁箋釈〔一〕〔二〕。銭大群『唐律疏議新注』 415-416頁注釈④。滋賀秀三訳註「戸婚」律令研究会編『訳註日本律令6:唐律疏議訳註篇2』東京堂出版、1984年、244-246頁。戴炎輝『唐律各論(上)』成文出版社、1988年増訂版、201-203頁。曹漫之主編『唐律疏議訳注』481頁。
(6)銭大群『唐律疏議新注』415頁注釈③。
(7)銭大群『唐律疏議新注』415-416頁注釈④。
(8)ただし、銭大群氏は「下文中の5畝に満たないもの、および10畝に満たないものも「有餘」である。これについても、「五畝」に達しなければ加等されず、杖一百を超過した場合には「十畝」に達しなければ加等されないのであるから、「五畝」および「十畝」に達しない数量は「有餘」の数ということになる」とも注釈する(銭大群『唐律疏議新注』415頁注釈③)。
(9)明律は、戸律・田宅・盗耕種官民田条「凡盗耕種他人田者、一畝以下笞三十。毎五畝加一等、罪止杖八十」などの土地侵奪に類する罪だけでなく、刑律・賊盗・窃盗条「凡窃盗、已行而不得財笞五十・免刺。但得財者、以一主為重、併贓論罪。……一貫以下杖六十。一貫之上至一十貫杖七十。二十貫杖八十。三十貫杖九十。四十貫杖一百。五十貫杖六十・徒一年。六十貫杖七十・徒一年半。七十貫杖八十・徒二年。八十貫杖九十・徒二年半。九十貫杖一百・徒三年。一百貫杖一百・流二千里。一百一十貫杖一百・流二千五百里。一百二十貫罪止杖一百・流三千里」、刑律・受贓・官吏受財条「凡官吏受財者、計贓科断。……有禄人、枉法贓各主者、通算全科。……一貫以下杖七十。一貫之上至五貫杖八十。一十貫杖九十。一十五貫杖一百。二十貫杖六十・徒一年。二十五貫杖七十・徒一年半。三十貫杖八十・徒二年。三十五貫杖九十・徒二年半。四十貫杖一百・徒三年。四十五貫杖一百・流二千里。五十貫杖一百・流二千五百里。五十五貫杖一百・流三千里。八十貫絞」などの贓罪についても、数額の規定に「以下」を用いる。

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