『東洋法制史研究会通信』第24号(2013年8月)

《評言》

笹倉秀夫氏の「比附」理解をめぐって

川村   康



 笹倉秀夫氏の『法解釈講義』(東京大学出版会、2009年)は、前近代中国に特有のものとされてきた比附を、現代の日本や西欧でも用いられうる法の補充的解釈の技法としてとらえる点で、中国法史研究者の注目に値する。「比附をおこなう人びとは、〈法は恣意的に運用できる〉という発想をもっているのではなく、むしろ、厳格に法に根拠を置かなければならないと考えている。しかし同時にかれらは、〈法の運用とは文言に拘泥することではなく、条文の根底にある原理=精神を生かすことだ〉、〈法は、死せるものさしではなく、日々処理の指針を生む生きたルールである〉と考えている。これら、法に対する厳格な態度と柔軟な態度との緊張が、比附を発達させたのだ」(23頁)という主張が、近代西欧法を主たる関心事とする現代日本の法学者から発せられたことの意義は大きい。しかし、笹倉氏の比附に関する論説には、どこかに言い知れない違和感を覚える。その理由の一端は、笹倉氏の所説を「比附に代表される伝統中国の法解釈と現代法解釈との異同の問題を、……制度的文脈の差異を顧慮せずに、むしろ法解釈の「技法」上のバリエーションとして類型的に論じてしまう一連の議論(1)」の一例とする寺田浩明氏の評言に示される。しかも笹倉氏の所論には、法と裁判の構造を踏まえずに「前近代においては民事事件も、律(刑法)や令(行政法)の規定を参考にして処理された。これ自体が比附であるが、民事内部でも、あるケースに対し別の条文を参考にして処理した。比附は、このかたちでも使われた」(16頁)とし、あるいは中華人民共和国1997年刑法での「比照」条項の廃止を等閑視して「比附は現代中国刑事法でも見られる」(15頁註12)とするなど、前近代・現代を通じた中国法についての知識の程度を疑わせる記述も散見される。このような認識を前提として発せられた「中国法制史家は、比附を〈類推とは異なる何か〉としているが、それが何であるかの定式化(したがってまた比較法を踏まえた原理的把握)は、していない」(15頁註12)という批判を、素直に受け容れることは難しい。だが、笹倉氏とて、前近代中国において比附が生み出された背景を無視しているわけではない。前近代中国における比附のすべてを単一の技法として定式化しているわけでもないし、それを現代日本・西欧法における類推のすべてと対立させてとらえているわけでもない。

 笹倉氏は、比附が発達した要因を、①身分・地位の上下関係への逐一的対応、②個別事例的思考、③絶対的法定刑主義、の三点を備えた規定形式をもつ法が「条文が多くなる割には、〈規定事項には該当しない;しかし似ている〉ケースに直面することも多くなる。また、対象がちょっと変化しただけで、もはや適用できなくなる」ことと、「そういうややはずれたケースをも──「各人にかれが値するものを帰属させる」という正義の観点からして──見逃すことはできない」という観念とに求め、その根拠規定として清律・名例律・断罪無正条条を示す(14-16頁)。これらを前提に、前近代中国で行われた補充的解釈としての比附を「①類推としての比附」「②「もちろん解釈」としての比附」「③本書での「比附」」の三種類に分け、それぞれについて説例を設けて説明する。①の説例は「或る刑法の第○○条には、「実父を罵れば、徒〔徒罪=懲役刑〕3年」とある。Xが、養父を罵った。……「養父」は「実父」と概念的に異なるが、かなり似た点がある。この点に着目して第○○条をこのケースに使う」(16頁)である。類推は「βについて問題が生じたが、βについての法律がない。この場合に、「諸事項」を参照して、βと類似性が或る程度はあるαの条文を、αとの類似性を根拠にして、βに適用すること」(14頁)であるという。②の説例は「或る法の第△△条には、「兄を罵ったら、徒1年」とある。Xが、叔父を罵った。……「叔父」は「兄」と概念的に異なるが、叔父は兄より地位が上であることにかんがみ、〈「兄」を罵ってさえ罰せられるのであれば、叔父を罵れば当然罰せられる〉として「徒1年」とする」(16頁)である。「もちろん解釈」は「βについて問題が生じたが、βについての条文がない。この場合に、「諸事項」を参照して、βと対比が或る程度は可能なαの条文を参考にしてβを処理するのだが、その際の論理として、①αが禁止されているなら、βはなおさら禁止される必要があるとして、α禁止の条文をβに適用する;あるいは、②αが保護されるならβはなおさら保護されるべきだ、等々とする」(14頁)ことであるとする。③の説例は「或る法の第××条には、「父を罵ったら、徒3年」とある。ある人物が、その叔父を罵った。……父に関する条文を参考に使う。とはいえ、類推はできない(そもそも叔父は、類似点をもちつつも、父とはちがう;罵った息子の家長ではないので、家長権保護をねらった規定は妥当しないのである。しかも、父に関する条文を類推適用すれば「徒3年」となるが、これは重すぎる)。そこで解釈者は、第××条の中に、〈父を敬すべき、したがって父の兄弟をも相応に敬すべき原則〉といったヨリ一般的な保護法益を読み取り、父の兄弟を罵ることを父を罵ることを基準にして罰す。すなわち、〈その罰は、父を罵る時ほどのものではないが、それに近寄らせることはできる〉として若干軽く、たとえば「徒2年」とする」(16-17頁)である。そして③を「「諸事項」を参照して、ある条文をベースにしてそこから一定の一般的な法命題を獲得し、関係する条文の規定対象とは異なる(類推も不可能な)ケースを処理するために使う技法」(17頁)と定式化する。

 ①の説例は、唐名例律52条「其嫡継慈母、若養者、与親同」および同条疏「慈母以上但論母、若養者即并通父」によって、養父と親父(実父)の間に法的同一性が擬制されていることを知れば、不適切であることがわかる。②は、その根拠規定として唐律・養老律の名例律50条が示されている(16頁註14)ので、挙重明軽・挙軽明重を指すことは明確である。たしかに小野清一郎氏は名例律50条を「援引比附を許す」明文規定、仁井田陞氏は「類推解釈の基本規定」としている。しかし戴炎輝氏は「挙重明軽および挙軽明重(軽重相挙)は論理解釈であり、類推解釈ではない」とし、滋賀秀三氏は「挙重明軽・挙軽明重がいうなれば定性的操作であり応用範囲が限定されるに対して、比附は定量的操作であってその応用範囲は頗る広い」として両者を明確に区別する(2)。挙重明軽・挙軽明重を比附に包括するのは、やはり適当ではない。ほかにも、「清朝でおこなわれていた比附には、きわめて粗雑で、上のどれにも入らないものもある」(17頁)とする事例を具体的に明らかにしないこと、中村茂夫氏が「明らかに律の明文があってそれに依らず、より重い刑罰の科されるほかの身分関係における犯罪の規定に比照──その上で大幅に減等している(3)」とする清朝の事例を紹介しながらも(19頁)、なお比附を補充的解釈の枠内でのみとらえていることなど、いくつかの疑点はあるけれども、前近代中国における比附の全体像と技法上の多様性を、笹倉氏が視野に収めていることは確かである。

 にもかかわらず、この全体像にあてはめうる定式は、笹倉氏の関心事ではない。中国法史研究者の比附についての言説が笹倉氏の眼鏡に叶わない理由の一端はここにある。笹倉氏が類推を「あるケースの主要語(中核となる語)が、ある条文の主要語と本質的に類似していることを根拠にその条文をそのまま適用すること」(17頁註15)、比附を「既存の条文から一般的な法命題を引き出して適用する技法」(17頁)と定義づけるとき、前者が現代日本・西欧の類推のすべてに、後者が前近代中国における比附のすべてにあてはまる定義となることを意図してはいない。笹倉氏の目的はあくまで、現代日本・西欧における法の補充的解釈の技法である類推の分類と定義の明確化にある。従来の法解釈論で用いられてきた類推という茫漠たる概念を、主要語の類似性を根拠とするものと、法意を根拠とするものとの両類型に分類整理して定義することにある。要するに、法意を根拠とする補充的解釈の技法の命名に「比附」という用語を借用するのである。笹倉氏の狙いどおりに現代日本の法解釈論においてこの用語が流通するとしても、その語義は前近代中国の比附とは何かしら異なる。その結果は、現代日本の刑法学者がなぜか「擬律」という用語を好んで使いながら、前近代中国におけるその用語の意義には頓着しないのと同然のことになるかもしれない。そこで中国法史研究者がなすべきことは何か。それは比附を全体像としてとらえることとならんで、個別的な事例からその思考や技法を具体的に分析することである。これについては、戴炎輝氏によってなされた、律疏における比附の「(a)罪名の比附」「(b)加減等の比附」「(c)通例の比附」の三型態への分類(4)が参考となる。このような試みをなすことが、笹倉氏の所論のもつ「伝統中国の法的思考を広く世界の法思考の中に普遍的に位置付けようとする議論としてそれなりの積極的な意義(5)」の発展に資するのである。


(1)寺田浩明「裁判制度における「基礎付け」と「事例参照」:伝統中国法を手掛かりとして」『法学論叢』172巻4/5/6号、2013年、77頁註27。
(2)小野清一郎「唐律に於ける刑法総則的規定」『刑罰の本質について・その他』有斐閣、1955年、327頁。仁井田陞「宋代以後における刑法上の基本問題:法の類推解釈と遡及処罰」『中国法制史研究:刑法』東京大学出版会、1964年、266頁。戴炎輝『唐律通論』国立編訳館、1964年、12頁。滋賀秀三訳註「名例」律令研究会編『訳註日本律令5:唐律疏議訳註篇1』東京堂出版、1979年、304頁。
(3)中村茂夫「比附の機能」『清代刑法研究』東京大学出版会、1973年、167頁。
(4)戴炎輝前掲書14-16頁。
(5)寺田浩明前掲論文77頁註27。

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