『東洋法制史研究会通信』第25号(2014年4月)

《記事》

東洋法制史の講義について思うこと

西  英昭



 筆者のような駆け出しの若造には東洋法制史の「講義経験」と呼べるほどの蓄積もないことは百も承知ながら、本稿が魅力ある講義のためのアイディアを他の先生方から引き出す呼び水ともなればと思い、ここに取りまとめた次第である。先達からのご助言を頂ければ幸いである。

 筆者の担当する東洋法制史(4単位)では、講義全体を大きく二つに分け、前半で「伝統中国」を扱い、法哲学史(儒家と法家)、法典編纂史(春秋戦国~清朝)、家族法、土地法、訴訟制度について説明し、後半では中国近代法史として中国における国際法の導入から清末・民国期における近代的法典編纂、礼法論争、さらには植民地時期台湾、アジアにおける慣習調査の展開、旧満州国、また東アジア諸地域と中国の関係につき朝鮮、琉球、ベトナム、モンゴル、チベットを扱っている。些か盛り沢山に過ぎるきらいもあるが、これだけ用意しておけばいくつかは確実に学生の興味関心に引っかかるようである。中でも現代史に直結する部分や中国の周辺地域に対する学生の関心は毎年非常に高い。

 ここ数年の履修登録者数(カッコ内はそのうち期末試験受験者数)は2010年度が31(24)名、2011年度が30(19)名、2012年度が31(24)名、2013年度が112(84)名となる。必修科目ではないことや定員が1学年200名であることを考えれば、まずまずの数字ではないかと思われる。同じ時間帯に並行して開講される講義如何によって人数が変動するが、毎年概ね30名前後である。小人数講義の強みを生かして時にはゼミのような形で講義を行うこともあり、ゼミコンパ・ゼミ旅行ならぬ講義コンパ・講義旅行をやったこともある。これらは学生にとっては新たな友達作りの場としても機能しているようである。

 また筆者は法史学基礎(2単位、隔年)の講義において東洋法制史部分を担当している。これは基本的に2年生向けの必修科目であり、この講義で法制史に興味を持った学生が改めて東洋法制史を履修してくれるケースもある。筆者はこれ以外にも中国法(4単位)、外国法律書講読(中国語)(2単位)、中国法・東洋法制史関連の学部ゼミ(4単位)、同大学院ゼミ(4単位)、法学・政治学における論文の書き方(中国語での講義)を担当し、さらには「アジア法の最前線」として学部学生を引率しての海外研修プログラムを実施している。一人で毎年これだけをこなすのは楽ではないが、中国に興味を持った学生がどこからでも入って来られるように選択肢を数多く設定し、それらを相互に関連付けておくことが一つの鍵であるように思われる。

 講義に関する些か特徴的な試みとして、講義時間中の関連書籍の回覧がある。レジュメに書名を挙げるだけでは学生はなかなか実際に手に取ってくれないので、書籍の実物を講義中に回覧することにしている。書籍は講義の骨格に関連する本格的な学術書の場合もあれば、広く中国文化一般に関する軽めの読み物まで様々であるが、学生からは概ね好評を博しており、講義後に借りに来る学生もある。ただ一方で「読みふけってしまって講義が聞けない」という意見もあるのは頭の痛いところである。

 また数回に一回、講義の切りの良いところでアンケートを実施し、講義の微調整のための素材をこまめに調達することにしている。具体的には「これまでの講義内容について分かりにくかった点、再度説明して欲しい点」「講義内容以外の点で改善して欲しい点、意見、希望、苦情等」「今後の講義の中で聞いてみたいテーマ」について自由記述での回答を依頼し、質問につき集約して解説する時間を設けるだけでなく、聞いてみたいテーマについて可能な範囲でこれに応え、その都度レジュメに変更を加えて対応している。

 筆者の講義についての学生の反応はホームページに掲載されているのでご興味のある方はご参照頂きたい(九州大学法学部HP(http://www.law.kyushu-u.ac.jp/)の「在学生」タブから「法学部生」をクリック、左側に現れる「学修関係」から「時間割・シラバス等」をクリックし、画面下方の「過去の学修情報」にある「授業評価アンケート」を参照)。

 日々感じるのは、学生が聞きたがっていることを的確に捉えてそれを即座に講義に反映させることを通じて、高い機動力を有する双方向性講義を行うことの重要性である。勿論東洋法制史の講義である以上は話しておかなければならない内容も山程ある訳だが、学生が最初に有している興味関心を殺さず上手に掬い上げつつ、東洋法制史学本体の内容へと接続させる工夫が重要となる。如何に些末な問題であっても、「聞きたいことが聞けた」という満足感の有無は学生の学習意欲を相当左右するようである。

 さらには東洋法制史のみならず様々な関連講義・プログラムを用意し、法制史学の持つ多様な内容、そしてそれがどのような現代的関心へと展開し得るのか、隣接科目とどのように交わるのか、を具体的に提示することが重要ではないかと考える。それをきめ細やかに設定できれば、東洋法制史は学部講義においてむしろキーステーションとしての役割をも果たし得るのではないか、と思われるのだが、如何であろうか。

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