『東洋法制史研究会通信』第29号(2016年8月)

《記事》

中国方志叢書本『天台治略』補綴

喜多 三佳



1.はじめに

 『天台治略』の版本は、これまでのところ5種類(1)が知られているが、このうち、影印本として流布しているのは、『中国方志叢書(華中地方・第65号)』(成文出版社、1970年)所収の康煕60年(1721)版、『官箴書集成(四)』(黄山書社、1997年)所収の道光5年(1825)版のみである。
 中国方志叢書本は、『天台治略』の初版本を手軽に見ることができる便利なものであるが、以下で指摘するような問題点があり、利用の際には注意が必要である。本稿では、国立国会図書館所蔵の康煕60年版との比較により、中国方志叢書本の補綴を試みた(2)。なお、文中のページ数は、全て中国方志叢書本のもの。[]数字は、各巻の1件ごとに便宜的に通し番号をつけたものである。

2.中国方志叢書本『天台治略』の問題点

 1)破損、落丁、乱丁

 国立国会図書館本と比較して、まず感じるのが、影印元となった本の状態の悪さである。破れないし虫食いで欠けたと見られる部分が多数あるほか、印字の薄れも目立つ。
 ページ単位の不備は、巻中の落丁が1カ所(巻三 讞語の384頁と385頁の間)、巻末の1~数丁が裏表紙とともに失われたと思われる部分が3カ所(巻一・巻三・巻十の各巻末)ある。巻六 告示三の607頁・608頁は、「原稿缺」の印が押されて白紙である。
 その結果、巻一 詳文上[34]「一件請免捐派事」、巻三 讞語[35]「一件夥棍強掠等事」、 [58]「一件倚衿謀佔事」、[59]「一件駕税捺糧等事」、巻六 告示三[14]「一件申厳賭博之禁以遵 功令以靖盗源事」、巻十 呈批[66]「一件南貨舗」(最初の2行以外全て)、呈批[66]の後にある「跋文」、を欠いている。
 乱丁があるのは、巻八 啓で、731頁・732頁の丁と、733頁・734頁の丁が入れ替わっている。正しくは、733頁-734頁-731頁-732頁の順になる。

 2)不正確な加筆

 印刷が薄れたのを補おうとして、印字をなぞるように筆で書き足している部分がたくさんあるが、文脈的にありえない誤りが散見される。本の持ち主が読書中に不備に気付いて訂正(3)したのではなく、写真撮影に際して急遽書き足したものと考えられる。
 印字をなぞることが困難な場合は、別の本を見て書き加えたと思われるが、1字2字の書き足しの場合は、対照する手間すら惜しんだようである。例えば、正しくは「為」のところ、おそらく「為」の下の部分だけ判読できたので「而」とし、正しくは「佈」のところ「停」とする(4)といった類である。
 また、引き写すときに1字書き落し、その行の一番下が1字ぶん空いてしまっているところもある。空白部分には、うっすら印字が見えてもいて、誤りに気付きそうなものだが、無視したようだ(5)。

 3)影印本編集時に序文の一部を削除した可能性

 国立国会図書館本の序文は、次のように並んでいる。
  朱軾―屠沂―王之麟―傅沢淵―張聯元―張貞品―戴兆佳(自序)―費漢昭
 これに対して、中国方志叢書本では、次のようになっている。
  朱軾―屠沂―張聯元―費漢昭―張貞品―戴兆佳(自序)
 並び順の改編はともかく、王之麟の序文(4丁)と傅沢淵の序文(4丁)が欠けているのは、影印本を編集する際に、意図的に削った可能性もある。

3.中国方志叢書本の補綴

 以下では、中国方志叢書本の補綴を試みた。〔 〕内は、欠けた部分ないし薄れて読みづらい部分、《 》は不正確な加筆がなされた部分である(?は判読不能の文字)。なお、不備の点も多々あろうかと思うので、ご教示いただければ幸いである。

巻一 詳文上
  80頁1行目 備先〔具也査備〕荒之策
  83頁9行目 義倉之〔建歴来〕官斯土者
  83頁10行目 合詳〔請 憲台鴻裁碩〕画
  84頁1行目 成〔効不徒託諸空〕言
  94頁1-2行目 95頁の冒頭3行に印刷されたのと同じ文章が、なぜか書かれている
 210-211頁  この間1丁欠。[34]「一件請免捐派事」を欠く

巻二 詳文下
 224頁1行目 1字目《改》(正しくは「受」)
 226頁1行目 1字目《改》(正しくは「鼓」)
 230頁1行目 〔另換倶〕註明
 231頁7行目 〔給執〕照
 231頁8行目 〔覆〕
 272頁6行目 並〔無未〕清之税
 289頁3行目 〔先〕後両経具〔詳〕
 289頁4行目 発〔県質審定案一〕奉批
 289頁5行目 夏娜〔質明〕一奉批
 289頁6行目 〔解去後随拠楊大七以〕農民 (この部分「原稿缺」の表示有り)
 289頁7行目 〔活拆等事各具禀前来閲其情詞〕可悲
 289頁10行目 卑職〔公堂匍匐聴〕審
 290頁3行目 祖〔父母父母倶無者従余親主婚夫亡〕携女
 290頁4行目 従〔母主婚等語今夏娜之母鄭氏〕現在
 290頁5行目 〔而問焉且哲人等不能撫養〕夏娜 (この部分「原稿缺」の表示有り)
 290頁6行目 于他姓〔鞠育成人抱衾与裯之後〕況事
 290頁7行目 即為之〔具禀求批着落以図自〕便

巻三 讞語
 337頁10行目 下から5字目《程》(正しくは「租」)
 384-385頁  この間1丁欠。[35]「一件夥棍強掠等事」を欠く
 401頁10行目 下から7字目《末》(正しくは「未」)
 424頁    この後2丁欠。[58]「一件倚衿謀佔事」、[59]「一件駕税捺糧等事」を欠く

巻四 告示一
 435頁10行目 上から8字目《上》(正しくは「止」)
 465頁10行目 現在餬口〔無資安望躬耕〕力
 467頁10行目 於其間〔即有挑脚兜〕夫従中説〔合為〕風月〔牽頭〕
 479頁4行目 朝〃面壁夜〔〃〕(くりかえし記号が消えている)
 479頁6行目 月〔蘆〕花
 481頁10行目 下から5字目《?》(正しくは「薙」)

巻五 告示二
 526頁1行目 下から5字目《?》(正しくは「携」)
 528頁8行目 上から5字目《?》(正しくは「垂」)
 530頁1行目 一番下の字《性》(正しくは「心」)
 543頁3行目 下から3字目《?》(正しくは「攤」)

巻六 告示三
 577頁10行目 一番下の字《厘》(正しくは「正」)
 590頁2行目 逋〔糧各生当速〃回頭立将名下新〕
 602頁10行目 下から4字目《国》(正しくは「闔」)
 603頁1行目 〔人等〕毋挟貨
 607-608頁  両ページとも、「原稿缺」の表示があって白紙。[14]「一件申厳賭博之禁以遵 功令以靖盗源事」を欠く。(609頁に最後の1行だけある)

巻七 告示四
 633頁10行目 一番下の字《待》(正しくは「情」)
 635頁10行目 一番下の字《愛》(正しくは「憂」)
 647頁10行目 積頑〔成〕習
 648頁7行目 重責〔仍罰修〕城工
 651頁10行目 下から2字目《卑》(正しくは「半」)
 654頁2行目 上から9字目と10字目《而停》(正しくは「為佈」)
 667頁10行目 下から5字目《明》(正しくは「名」)
 669頁7行目 下から5字目と4字目《本県》(国立国会図書館本では2字ぶん空白)
 680頁3行目 仰〔三〕十六都坊

巻八 啓
 731-734頁  乱丁有り。本来は733頁→734頁→731頁→732頁となるべき
 738頁1行目 〔八陣精明〕山頭〔草木仰声名而山無伏莽〕
 738頁2行目 〔六韜諳練海角風雷伝姓字而海不揚〕波今〔開庚子郷闈預〕
 738頁3行目 〔 展鷹揚喜宴〕(行頭1字ぶん空白)

巻九 雑著
 761頁10行目 下から3字目《闖》(正しくは「闘」)
 800頁1行目 下から9字目《挖》(正しくは「収」)
 803頁10行目 一番上の字《仕》(正しくは「社」)
 804頁1行目 自随秋〔毫於〕
 806頁    この後に国立国会図書館本では[15]「季考策題」が入る

巻十 呈批
 817頁10行目 一番下の字《?》(正しくは「擅」)
 819頁10行目 下から3字目《因》(正しくは「田」)
 820頁1行目 下から2字目《移》(正しくは「多」)
 820頁10行目 一番下の字《?》(正しくは「睡」)
 822頁10行目 下から3字目《之》(正しくは「音」)
 828頁10行目 上から2字目「糾」の字が欠け、一番下が1字ぶん空いている
 831頁3行目 上から4字目《証》(正しくは「控」)
 832頁2行目 一番下の字《裡》(正しくは「捏」)
 832頁3行目 上から2字目《刀》(正しくは「刁」)
 832頁3行目 詞刁瀆〔尚〕有人心
 832頁4行目 一件徐凱等具〔広厳寺〕
 836頁4行目 一番下の字《欺》(正しくは「斯」)
 836頁5行目 一番下の字《策》(正しくは「完」)
 837頁1行目 以愧天台〔之〕
 839頁9行目 〔一件南貨舗〕(南貨舗の三文字は印字の右端だけが残っている)
 839頁10行目 〔本県涖台一切柴米菜蔬倶預先躉〕発価銀照時値零〔支後〕
 840頁    この後1丁欠。[66]「一件南貨舗」の続きが有るはずだが欠けている

跋文      無し。国立国会図書館本では、汪振甲の跋文が入っている

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 (1)康煕60年(1721)師恕堂刊本、嘉慶9年(1804)潘春暉等私家版本、道光5年(1825)劉邦彦跋文本、道光26年(1846)迎瑞堂刊本、光緒23年(1897)聚星堂刊本。
 (2)頁の切れ目・字配り・字形等から見て、中国方志叢書本の影印元になった本と国立国会図書館所蔵本とは、ほとんど同じ版木で印刷されたものと考えられる。厳密にいうと国立国会図書館所蔵本のほうが後刷りと思われ、次の部分に改変がある。
  1)序文[1]朱軾の序文5頁の最後の2文字「天令」を「令天」に訂正。(次ページの1字目が「台」なので、「令天台」と続かないと文意が通じない)。
  2)目録の末尾78頁「南貨舗」の3字を削り、「補遺 季考策題」の6文字を追加。
  3)巻九 雑著の最後に[15]「季考策題」を追加。
  4)巻十 呈批の最後の[66]「一件南貨舗」を削除。
 (3)国立国会図書館本にも、ごくわずか加筆された部分がある。たとえば、巻八「啓」第1丁裏面([1]賀総督元日大啓。方志叢書本692頁)の1行目の一番上の字は、もとの印刷「編」の、糸偏の部分を書き直して「徧」にしている。文意を考えての改変と思われる。
 (4)654頁2行目の上から9字目と10字目。
 (5)828頁10行目。

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