『東洋法制史研究会通信』 第3号(1989年2月23日)

《記事》

張希坡・韓延龍主編『中国革命法制史』(1921-1949)上冊に就いて
〔中国社会科学出版社出版発行 1987年7月第一版 印刷部数7000冊 48万4千字〕

宮坂 宏


 この夏なって、一九八五年秋、北京にある中国社会科学院法学研究所の好意により、三ヵ月余の滞在の機会を与えられた時から、期待をしていた書物を漸く手にすることが出来た。主編者の張希坡先生、韓延龍先生或いは常兆儒先生のお名前は、日本で既に一九三十年代以来の革命根拠地法制の資料の編纂出版により承知をしており、その恩恵に預かっていたし、また、一九八一年六月には中国社会科学院法学考察団の来日の折り、一行の一員の韓延龍先生には直接お目に懸かってもいたので、北京では法制資料の収集と印刷刊行の状況や革命根拠地法制史の研究の現況、そして現代法制史研究者の消息などを早速に伺うことができた。その際、韓延龍先生は、一九八一年五月以来刊行されてきた『中国新民主主義革命時期根拠地法制文献選編』が第四巻の刊行で止まり、予定されている第五巻が未刊行であることについて、現代法制史研究者が総力をあげて本格的な通史を纏める作業に取り組んでいる為に、資料集の刊行の作業が中断していると、話しておられた。この話のなかで、課題としている新民主主義法制史の著作活動は七人の共同作業で、八三年から始められたものであり、ニ巻本として刊行する予定であること、上巻は八四年末に初稿を書き終え、八五年三月に確定稿を作り(五十万字)既に出版社に渡してあること、下巻は八五年末に初稿を書き終える予定で、八六年六月前に確定稿とする予定とのこと、初めての試みとしてそれなりの評価を得られるであろうこと等を、語ってくれた。ただ、中国は印刷上の周期が長く、刊行の確定時期は不明であるとも付け加えられていた。それが漸くにして我々の手元に届けられたのである。

 本書では新民主主義革命法制史の歴史的発展段階を、萌芽−草創−形成−勝利の四段階に分け、それぞれ、第一次国内革命戦争時期−第二次国内革命戦争時期−抗日戦争時期−第三次国内革命戦争時期に対応するものとしている。この時期区分の仕方は従来の各種のテキスト等で採られている時期区分と変わりないが、従来のテキストでは、叙述の方法として、各時期毎に法制の全般について纏めて概観しているのに対して、本書の特徴点は、「専題史」の体系構成を採用していることである。即ち、憲法、政権機構・組織法、選挙制度、刑法、裁判所構成法、土地法、婚姻法等の各部門別に、それぞれの段階を通じて論述している.これは新しい試みであり、韓延龍先生はこれについて、革命史と党史とは区別があるはずであると考えて縦の叙述方法を採ったとのこと、例えば、土地法を縦に叙述すれば第一次国内革命戦争の時期から解放戦争にかけての変遷が全面的・系統的に描き得るといったことを話しておられた。こうした各部門毎に一貫してその歴史を叙述して、これを一冊に纏める「専題史」の形式を採用することができるのも、上下巻でおそらく八十万字を超える現代法制史の専著として本格的な通史を企画されたことによるものであろう。ともあれ、上巻は、張希坡、楊永華、方克勤、常兆儒、韓廷龍、雷晟生の各先生が、序論と憲法的性格の文件の制定及びその変遷、政権機構及びその組織法の創造と発展、選挙立法と選挙制度、行政法規の制定と実施、革命刑法の出現とその発展過程、人民司法機関及びその組織法規、訴訟制度の基本的内容及びその発展変化、犯罪者の改造方針と監獄制度の八つの章をそれぞれ担当して横成している.編者説明によると、下巻では鄭治発先生が加わり、第十二章までの四章と結語とから構成されるとのことである。

 内容の面では、例えば、憲法を扱う第一章では、従来殆ど論じられていなかった1926年から1927年の北伐期の上海に於ける臨時市政府に関して詳細に記述されているように、新しい研究の成果か取り入れられており、且つまた、七人の共同討議の上での一致した現時点での歴史的評価が示されていること等、期待される点が多い。下巻の刊行については定かではないが、引き続き刊行されることになろうから、できるだけ早い機会に全文を日本の学界に紹介することも有意義であろうと考え、その準備を進めたいと思案しているところである。待望の書物の出版をよろこぴ、簡単な紹介を試みた次第である。(1988・11・8)

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