『東洋法制史研究会通信』 第3号(1989年2月23日)

《記事》

訳注『清明集』書評の補

滋賀 秀三


 昨年3月刊『法制史研究』37に執筆した梅原郁訳注『名公書判清明集』の書評の中で、「そのほか、繳の字、監の字、還の字、動詞的な理の字、断の字、詞の字、などについて言いたいことがあるけれどもすべて省略せざるを得ない」と書いたところ、川村康さんから何を言いたかったのか語って欲しいという求めがありましたので、この紙面をかりて責を果たしたいと思います.以下、同書を「訳注」と略称し、原書(昭和39年影印本)をG、訳注をYとし、頁数と行数をハイフンでつないで示すことにします。

 繳の字。(1)jiao:けう、(2)zhuo:しゃくの二音があり音によって意味も全く異なる。ここで問題とするのは(1)である.(1)について『漢語詞典』に「1.謂交納 2.謂以原物還人」とある説明で尽くされているといってよい。批の末尾に一字一句で「繳」もしくは「此繳」というのは、下から来た上申文を(批を奥書きして)「ここにお返し申す」の意味。「繳。原詞存」は「お返し申す。ただし当事者の訴状(の副本)はこちらに留め直く」の意味。「詞発仍繳」は上司の受けた訴状を下げわたして審理を命ずるが「追って返還せられたし」の意味(以上、『樊山政書』に頻出)。「繳銀状」は銀納付状(淡新档案)。『清明集』でも同じであり訳注が「ひとまとめ」(Y147-12;199-6)と訳すのは思い違いというべきである。

 監の字。『清明集』において「監」はこれ一字で「強制する」とくに「強制して差し出させる・取立てる」意味に用いられることが多い。「引監未納租課」(G235-6。<引>は 拘引しての意味か)、「重畳交易合監契内銭帰還」(G253-7)など。これを「監督する」と訳すのはおかしい(y196-1;212-1)。「・徳興売過銭……牒県丞拘監」(B242-3)、「枷監丘荘、自就朱府請出元契、赴官比対」(G263-7)は出さなけれは拘するぞ枷するぞと強制して出させること。訳注はみなおかしい(Y201-8;219-10)。

 還の字。周知のように還こは「返還」のほかに「交付・納入」の意味もある。物を引き渡すことによって正当な権利者を満足せしめる行為一般を「還」という。訳注はそれに気付かず何でも「還す」「遷元」などとするこだわりがある(Y143-標題;163−1)。

 理の字。「理」がしばしは「論争する」「相手方と掛け合う」意味の動詞として用いられることは、これまた平易な常識といってよい。契約書の結び近くに「若有等情、出産人理直」というのは問題が起これば売主が一手に引き受けて「掛け合って始末をつけます」ということであり、借金取立ての談判に出向くことを「理討」(また「較討」)という。「理訴」の「理」も同様と考えてよい。訳注にはこの知識が欠けている。「諸典売出宅、……其理年限者、以印契之日為始」(G179-1)は「年限が争点となるときは」の意味であり「その年限をかぞえるには」(Y151-14)ではぽけてしまう。「若墓田、雖在限外、聴有分人理認」(G372-8)は「申し立てて自己のものだと主張する」意味。「きちんと認定する」(Y303−4)では駄目。なおここの「認」は自己のものだと認め、主張する意味。この用語法も訳注で理解されていない。「妄認墓山事」を「不当に墓山を認めた事件」と訳したのではビンとこない(G307-4;Y252−3)。

 断の字。清代の文献では常に「さはき」の意味であって、刑の執行の意味には使わないように思われる。しかし「清明集」ではどちらの意味にも使うので注意を要する。例えば「県尉所断、已得允当」(G164−6)は前者、「今晩寄廂、来早断(GI7−2.Y5−8に判決と訳すのは誤り)、「照赦免断」(G45−2)などは後者。これは用例ごとに文脈から判断するほかはない。

 詞の字。清代でも「清明集」でも訴状の意味に用語されることが多い。訳注はその理解に欠けているのではないか.例えは第77案(G264f)に出てくる詞の字はみな、「しょうげん」「口がき」「供述」(Y220−12;221-5;222−10)などでなくして、訴状、訴状に記された主張の意味に解すべきものと思う。 

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