『東洋法制史研究会通信』第5号(1991年5月1日)

《工具書紹介》

宋代の判語を読むために

川村 康


 明版『名公書判清明集』の発見以来、宋代史研究者の間では判語研究が大きな潮流となってきている――などと『東方』117号にもっともらしいことを書いてしまいましたが、やはり、判語を読むときに困ってしまうのが工具書です。大多数の読者諸氏は判語など大した苦労もなく読みこなせてしまうのでしょうが、私のような者はあれこれ本をひっくり返しても適当な訳語が思い当たらず、う〜んどうしよう、と頭を抱えて困り果て、掲句の果に誤訳を連ねてしまうというのが日常です。そんな私がどんな工具書を使っていようが何の参考にもなりはしないとは思われるのですが、あえてわが手の内を開陳するのは、こんな良い本があるよ、と読者諸氏に教えていただくための誘い水。よろしくお願いします。

T 辞書・辞典類

 辞典類では何と言っても『大漢和辞典』『中日大辞典』『中国社会経済史語彙』の「三種の神器」。なにはともあれ、解らない言葉が出てくれば一応は開くものです。だけど、これだけで解れば苦労はしない、こんな雑文も必要ない、という次第。

 で、日常的に使っているのは、『宋元語言詞典』(上海辞書出版社、1985年)『中国歴史大辞典・宋史巻』(上海辞書出版社、1984年)それに『小説詞語匯釈』(上海古籍出版社、1964年・新版1979年)『戯曲詞語匯釈』(上海古籍出版社、1981年)。後二者については佐藤晴彦編『小説詞語匯釈戯曲詞語匯釈発音索引』(汲古書院、1985年)があり、本文の排列と同じ筆画索引しかない両書を使用するには大変便利で、引きにくい筆画索引を二回も引いてしかも目指す語彙が見つからないという徒労を重ねることなく、拼音排列、しかも両書いっぺんに引けるというのは、まさに革命的なのですが、残念ながら画龍点睛を欠き、『小説詞語匯釈』の補遺だけ別建になっています。編集の都合上やむを得なかったのかもしれませんが、どうにも煩わしい。

 しかし、これだけではやはり足りない。使用頻度は落ちますが、時に役立つのが、『水滸語詞詞典』(上海辞書出版社、1989年)『水滸詞典』(漢語大詞典出版社、1989年)。満洲帝国協和会地籍整理局分会編『土地用語辞典〔日本・中国・朝鮮〕』(巌南堂書店、1929年・1981年復刻)柴野恭堂『禅録慣用語俗語要典』(思文閣出版、1980年)なども開いてみましょう。『吏学指南』は本としては『居家必要事類 附吏学指南』(中文出版社、1984年。寛文13年和刻本影印)か『元代史料叢刊 吏学指南(外三種)』(浙江古籍出版社、1988年)がいいのですが、残念ながら索引がありません。『吏学指南』(文海出版社、1979年)は索引はありますが誤植が多くて信頼性に欠け、一長一短。佐伯富編『福恵全書語彙解』(同朋舎出版部、1975年)は時代は違うが参考になります。柴野敏寛編『清末民初文書読解辞典』(汲古書院、1989年)は14種の参考書からの語彙集成ですが、題名通り、宋代の文書の解読にはちょっと不都合。『歴史文書用語辞典 明・清・民国部分』(四川人民出版社、1988年)は……実はあまり使っていません。『詩詞曲語辞匯釈』(中華書局、1953年)と『唐宋筆記語辞匯釈』(中華書局、1990年)は引いてみると結構役立ちそうなのですが、索引が不備でなかなか使う気力が湧きません。

 やはり使いやすい辞書の条件は検索手段が二つ以上あること、それに二度引きを強いられないこと、の二点に尽きるようです。こんなことを言っているからきちんと史料が読めるようにならないのでしょうが、使いたいなあと思いつつ、検索が不便なために使っていないものがこのほかにも結構沢山あります。が、それは読者諸氏、見当がおつきになると思いますので、割愛。

U 索引類

 辞書で解らなければ用例で見当をつけよ、というのが史料解読の鉄則であることは、何も私などがしたり顔で言うまでもありません。失礼しました。

 まずは梅原郁編の『続資治通鑑長編語彙索引』(同朋舎、1989年)と『慶元条法事類語彙輯覧』(京都大学人文科学研究所、1990年)。後者はどうして市販されないんでしょうか。『宋史職官志索引』(同朋舎出版部、1963年)『宋史刑法志索引』(台湾学生書局、1977年)など、佐伯富氏の索引群も手許に欲しいところです。

 日常的に使用しているのは赤城隆治・佐竹靖彦編『宋元官箴総合索引』(汲古書院、1987年)。宋元の官箴12種の語彙が一度に引けるのだから、便利は便利。ただ、同書の解題で底本とされている叢書集成初編にはこの索引は使えません。実は『官箴』『朱文公政訓』『真西山政訓』『昼簾緒論』『三事忠告』は百部叢書集成、『州県提綱』は学津討原を底本としているのです。要注意。塩見邦彦編『朱子語類口語語彙索引』(中文出版社、1985年)は、折角引けても『朱子語類』の文章が難しすぎて、私などには宝の持ち腐れ。それから、これは内部資料で、広範囲への配布は遠慮せよとのことですが、まあ今日ではその存在は公然の秘密になっているでしょうから書いてしまいますが、梅原郁『明刊本清明集索引稿』(未公刊、1986年)。これも明版清明集の複写を持っていなければ使えず、現行の校点本には使えないのが難点。

 案外役に立つのが史料の訳注の解説です。たとえば梅原郁訳注『名公書判清明集』(同朋舎出版、1986年)は、承知の上で結構活用しています。梅原郁『宋代官僚制度研究』(同朋舎出版、1985年)や柳田節子『宋元郷村制の研究』(創文社、1986年)などの研究書ともども、索引で引ける限りは引きまくっています。しかし、これも検索のしようがなければ猫に小判。和田清編『宋史食貨志訳註(一)』(東洋文庫、1960年)『明史食貨志訳註』(東洋文庫、1957年)小竹文夫・岡本敬二『元史刑法志の研究訳註』(教育書籍、1962年)などは『中国社会経済史語彙』にも拾ってありますが語彙全部ではないし、索引のない本や、そもそも索引などあるはずもない雑誌掲載の訳注ではお手上げになってしまいます。なんとかこういったものを辞書代わりに活用できないものかと思っていたら、同じことを考えている人はいるもので、石川重雄「宋元釈語語彙索引(一)」(『立正大学東洋史論集』2号、1989年)が田中謙二「『朱子語類』外任編訳注」、佐竹靖彦「作邑自箴訳注稿」、上海社会科学院政治法律研究所『宋史刑法志注釈』などの語彙を集成してくれました。続編も計画中とのことですから大いに期待しましょう。いずれ本になってくれたら、もっとありがたい。

 それから、地名と人名も結構苦心するのですが、とりあえず地名は『中国歴史地図集 第六冊(宋・遼・金時期)』(地図出版社、1982年)。『元豊九域志』(中華書局、1984年)は四角号碼索引がついていて使いやすい。人名は『宋人伝記資料索引』(鼎文書局、1974-6年・増訂版1977年。中華書局、1988年)が今のところ宋代については最高のものなので、これに載っていない人名はあきらめるより仕方がないのが現状です。ついでに言えば、中華書局版二十四史の『宋史』には人名索引がありませんが、数行の記事でも伝のある者なら『二十四史紀伝人名索引』(中華書局、1980年)が使えます。『北宋経撫年表 南宋制撫年表』(中華書局、1984年)『宋宰輔編年録校補』(中華書局、1986年)も四角号碼索引がついていて活用のし甲斐があります。判語にも時には有名人が現れるので、こういうものも用意しておいたほうがよい、ということでしょうか。

 まあ、とりあえず、こんなところで紙数も尽きたことですし。大事なものを見落としているような気もしますが、それはつまり普段使っていないからでしょう。それにしても、一冊で済まないものかなあ。

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