『東洋法制史研究会通信』第19号(2011年8月)

《記事》

滋賀文庫引越顛末

西  英昭



 九州大学にて滋賀先生のご蔵書をお預かりする形になってから相応の時間が経過した。整理作業の進展を心配してくださる方も多く、多方面にご迷惑をおかけしていることをまずはお詫びしつつ、現在にいたるまでの経過をとりあえずご報告させていただく、という形で本稿を草することにした。

 筆者は既に九州大学百周年を記念して刊行された九州大学百年の宝物刊行委員会編『九州大学百年の宝物』(丸善プラネット・2011)においてごく簡単に概要を紹介しておいた。同書は九州大学がこれまでに蒐集してきた様々な史・資料のうち百点を紹介したものである(西村重雄九州大学名誉教授によるクンケル文庫、ロートマール文庫の紹介や柳原正治教授による国際法関係貴重文献の紹介を始め、法制史料や地方文書の紹介など法制史学上興味深い史料の紹介が収録される。手にとって頂ければ幸いである)が、過去百年の歴史から見れば最も新しい直近の数年に九州大学に受け入れられた滋賀文庫がその一つとして選ばれたということは、文庫自体の貴重さを改めて物語るものとして良いであろう。同書での紹介は見開き2頁、しかも写真スペースを多めにという条件が付いたので、受入の経緯等も最低限しか紹介できなかった。今回改めて詳細な紹介をしておくことも有意義かと思い、ここに再度紹介を行う。

 滋賀秀三先生が亡くなられたのは2008年2月25日であった。滋賀先生はご自宅に別棟として書斎を構えられ、ご蔵書のほとんどはその書斎に配架されていた。書斎自体は8畳ほど、人一人がようやく通れるほどの隙間を残して書架が林立し、その奥に先生の机が構えられていた。これらの蔵書については先生のご逝去後しばらくはそのままに置かれていたが、寺田浩明会員、高見澤磨会員がその散逸を惜しまれ、なんとかならないものかというお話をされはじめたのは同年の末ごろであったかと思われる。とはいえ、さしあたりどのような本がどれだけあるのか、この基本情報が明らかにならない限り話の進めようが無いということで、在京の赤城美恵子会員が滋賀先生のご自宅に日参し、目録作りに取り掛かることとなった。この間の経緯については同会員「滋賀先生の書斎」(本誌16号・2009)に詳しい。

 これと平行して受入先探しが進められたが、それは容易ではなかった。本来であれば一番縁の深い東京大学へというのが自然であったのかもしれないが、東京大学法学部には既に先生ご在任中に相当数の中国関連書籍が集められ、先生ご自身のご蔵書との重複本が大量に存在することが判明していた。他大学においても、中国法ないしは東洋法制史の専任教員が長年在籍した大学では、重複本があまりに多いために受入を渋られるケースが多かったようである。

 九州大学法学部は幸か不幸か、東洋法制史の専任教員が長らく不在であり、中国法についても私が着任するまでは中国人教員が代わる代わる2年任期で勤務されていた関係で、中国関連の蔵書が(勿論植田信廣先生はじめ隣接分野の先生方のご努力により皆無ではなかったものの)比較的少なく、受け入れたとしても大量の重複本は発生しない、という好(?)条件が存在した。さらには当時の法学部長が西洋法制史学の直江眞一教授(さらにその前任は日本法制史学の植田信廣教授)であり、滋賀文庫の貴重性について十分な理解のある先生方に恵まれ、問題なく受け入れが決定したことも、思えば大変幸運なことであったとすることが出来るかもしれない。

 結局のところ、滋賀先生の謦咳に接することのできた最後の世代である赤城氏と私が整理・移転作業にあたるという何とも不思議なご縁となった。その後知りえたことであるが、滋賀先生は在任中九州大学でも非常勤として東洋法制史を講じられたことがあるようである。「図書館で本を借りたら間にこんなのが挟まっていました」といって学生が滋賀先生の当時の講義案内の紙を持ってきてくれたことがある(下掲)。

 その後2009年5月の連休を返上する形で赤城氏と私で滋賀先生のご自宅に日参し、箱詰めの作業を行った。先生の書斎ではスペースの関係上箱詰め作業ができないため、私が書斎から別棟の一階へ運び出し、そこで赤城氏が箱詰めをするという段取りで作業を行った。幸い天気には恵まれたものの、5月の紫外線で季節外れな程日焼けをしたのを覚えている。滋賀先生の奥様には毎日毎日大変なお気遣いを頂き、また合間にお聞かせくださった滋賀先生との思い出話は、大変に新鮮で記憶に残るものであった。

 またこうした箱詰め作業の中で先生の未発表原稿も発見された。これらは星野英一先生のご尽力によって「汪輝祖──人とその時代」(日本学士院紀要64-1・2009)として公表されるともに、寺田浩明会員のHPで「汪輝祖 『病榻夢痕録』 翻訳稿」として掲載されるに到っている(http://www.terada.law.kyoto-u.ac.jp/sonota/siga_mukonroku.htm)。また滋賀先生のご家族に関する記録などプライベートに関係するものは、ご遺族のご意向から全てご遺族のお手元に残す形となった。

 鎌倉から福岡へという1000kmを超える長距離の引越の後、九州大学への運び込みが行われた。九州大学では法学部内に適当なスペースがなかったため、工学部のキャンパス移転後空き書庫となっていた一室に運び込み、そこで赤城氏作成の目録と対照しながら現物を確認した。文庫の書籍についてはさすがにその経年劣化は否定できず、また鎌倉という湿気の多い土地での保存という条件もあったが、概ね保存状態は良好であった。その後法学部図書館へ運んで一冊一冊をアルコールで拭いて書誌情報を登録するという地道な作業が現在も行われている。漢籍については業者に委託して燻蒸処理を行い、帙についても新たに全て作り直した。膨大な雑誌・新聞についてはこれを製本した。膨大な関係経費について直江眞一教授、またその後をついで学部長の任に当たられた土井政和教授のご理解・ご協力が得られたことは大変有り難いことであった。

 分類作業に当っては、赤城氏が目録作成の途上で用いられていた分類を採用し、これをさらに細分化する形で決定した(末尾一覧表参照)。従って請求記号は「滋賀文庫/分類番号-著者アルファベット(日本書の場合はさらにjを付加)/その分類内での番号(登録順)」となっている(例えば水間大輔『秦漢刑法研究』ならば「滋賀文庫/32-Mj/10」となっている)。OPACへの登録とともにカード目録も平行して作成されており、全ての作業が完了した後に別途冊子体での目録を刊行する予定である。

 その後滋賀先生の奥様より再度のご連絡を頂いた。別棟2階に保管されていた書籍についてご遺族で協議された結果、文学関係等についてはご遺族で保存される一方で、研究関連の書籍については不要であるので、あわせて九州大学で引き取ってはもらえないかとのご連絡であった。九州大学としては先にお預かりしている経緯もあり、あわせてお預かりするほうが文庫の一体性という観点からも望ましいとの結論に至り、ここに第二回の引越が決定した。2010年9月、再び私と私のゼミ学生1名とで滋賀先生のご自宅に伺い、箱詰め作業を行った。第一回目同様に一旦旧理系の空き書庫に搬入し、整理作業が進行中である。

 現在のところ、第一回目の引越で搬入した分についてはほぼ書誌登録作業が終了し、貴重書に準じての部分的な公開を開始している。貴重な文庫の汚損・散逸を防ぐため、当面は九州大学文系合同図書室での閲覧のみとし、他大学への貸し出しや複写については謝絶という形を取っている。今後は利用者の便を図りながら、公開方法についても改善する予定である。

 図書以外の史料については、図書の整理完了後に作業を開始する予定である。滋賀先生に送られた膨大な抜刷については、寄贈者毎にこれを取りまとめ、特に製本は行わず、また論文自体は容易に入手できるものであるため、特に図書としての登録はせず保存を行う予定である。また先生の講義ノートや研究ノートなどについては、まとめて「滋賀秀三関連文書」として整理・保管する予定である。また整理の段階で新しい情報が得られた場合は、本誌等の場所をお借りして会員各位にお知らせする事としたい。

 図書登録作業については、文系合同図書室の尾上五男室長(当時)に大変なご尽力を頂いた。また一冊一冊の地道な登録は小野佳代子さん、小野さんの退官後は大村武士さんの忍耐強い作業に支えられている。また運び込み以来膨大な整理作業に従事してくれたゼミ生、国吉亮太君、益満幸太郎君、森戸宏記君、倉富哲平君にはこの場を借りて感謝したい。

(了)



(参考)滋賀文庫分類表

10:総合
 11:辞書
 12:辞典
 13:目録
 14:索引
 15:地図
20:東洋史・東洋法制史の史料
 21:線装本の漢籍
 22:洋装本の漢籍(影印本)
 23:洋装本の漢籍(活字本)
 24:中華民国期のもの
30:東洋史・東洋法制史(法制史一般を含む)の研究書
 31:洋書
 32:日本書
 33:中国書
40:日本法制史の研究書
 41:洋書
 42:日本書
 43:中国書
50:西洋法制史・ローマ法の研究書
 51:洋書
 52:日本書
 53:中国書
60:現代中国法の研究書
 61:洋書
 62:日本書
 63:中国書
70:法律学一般の研究書
 71:洋書
 72:日本書
 73:中国書
80:その他の書籍
 81:洋書
 82:日本書
 83:中国書
90:雑誌
 91:洋雑誌
 92:和雑誌
 93:中文雑誌


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